砂金堀り放浪記
砂金はなにも現在の川辺にばかり有るものではない 一つの狙い目は河岸段丘です
ネコ年生まれで濡れるのが嫌な人は昔の川底を掘ることをお勧めします
ただし 十分に注意して下さい 以前大樹町の歴舟川でもトラブルが多発したのですが
河岸段丘は現在は畑などになっている所が多く 下を掘ると畑が崩れ 農家とケンカに
なりかねません 砂鉱区の申請もしていない現状では勝ち目は有りません 念のため
新年明けましておめでとうございます
昨年のご来店まことにありがとうございました 今年もよろしくお願い申し上げます
それでは砂金堀りの続きへ 今回は日高山脈の突端 黄金岬へ 名前につられて
行ってみる しかし残念ながら黄金が出るという意味では無い 崩れやすい岩盤で
道路を造るのに黄金を敷き詰めるほど 大金をかけたという意味だそうです
日本はダイヤを産出するような地質条件では無いのですが もし 万が一出るとすれば
この黄金岬か 千葉の某地方であろうと言われています 確かに ここは深成岩では
ありますが ダイヤ生成には程遠い感じがします ダイヤが無理でもガーネットくらいは
と探していると ありました やや小ぶりですが長野の和田峠産より色が淡く丁度良い
まさに ざくろ石と呼ぶにふさわしい 話がそれました 砂金堀りにもどしましょう
ここ黄金岬には大きな川は無く 小さな谷川のみです 谷川で流れが急ですと 細かい
砂金は流されてしまいます 有る程度大きな金塊のみが残されます
金塊のみが残されます と言いましたがこれを探すのは大変な作業です
参考までに 日本で一番大きな金塊が採れたのは 北見枝幸のナイ川です
ナイ川の由来は砂金がナイということです また通常金塊は夫婦対で存在します
つまり有る程度の金塊があれば それ一つということは無く 他にもある可能性が
大であるということでしょう この時は金塊は採れず 少々の砂金と極わずかの白金
が採取できました 白金は白金族同士の合金で産出する場合が多いのですが
わずかでしたので調べてはみませんでした この地ですので多分プラチニュームが
主成分だと思われます おもしろくないので流れ着いたコンブを拾って帰途に
16年1月2日
今回は夕張川の上流白金川へ このあたりは通称 榎本さんの砂金場と呼ばれている
函館戦争のおり この地に本陣を置き 指揮をとったと言われています
彼は地質学にも精通しており 当時ここに豊富な砂金を発見したとされているが
それ以前に松前藩により ウタリの人々の協力のもと かなり大々的に採取されていた
形跡があります 彼はそれを知っていて 軍費に当てようとでも思ったのでしょうか
まさかそんなことは無いでしょうが 榎本氏でなくても このあたりは堆積層が薄く
盤である粘板岩がモロに剥き出しになっている所が多く見られますので
一寸砂金堀りの心得の有る人なら簡単に採取することができます その方法は
ソフトボール大の粘土をいくつか練っておきます 次に盤が剥き出しになっている所
の川の流れを止めます(できれば水は無くした方が良い) その盤に粘土を押し付けて
盤に張り付いている砂金を粘土の方に取り込みます 後に粘土を溶かして砂金を
取り出します 暇な人は水中メガネで盤の上を探してみて下さい 必ずありますよ
1月10日